Apple Watch
アップルの製品はどれも、非常にコンセプトがはっきりしている。
多くの他のメーカーの製品でよく感じる「なんでこうなっていないのか」という、半ば罵声をあげる必要が少ないのは、ぼくがアップル信者だからではなく、作られたものの理由がわかるからである。
その理由に納得するかどうか、コンセプトに賛同できるかどうかはまた別の話だが、作られたものが、作り手のしたかったことを明確に物語るので「作った奴が何にも考えていない」という意味での怒りを感じることはほとんどない。
また、作りに妥協をしないので 「大人の都合でこうなったに違いない」といった諦めを抱くこともない。
さて、そこでApple Watchだが、この製品はぼくにとって「欲しくて欲しくてしょうがない」といった性質のものではなかった(以前のエントリーを読んでもらえば分かるでしょうが、iPhoneなどはそういう性質の製品だった)。
だが、この製品でアップルが何をしようとしているのかということ、この製品の利用がユーザーにどんな体験をもたらすのかということ、そのためにどのようなデザインをしているかということ。それを知りたかった。
それがApple Watchを買った一番の理由。
また、年をとったせいなのか、以前は腕時計をするのは嫌でしょうがなかったのが最近はなぜか腕時計をしていたい気分があり、二年ほど前から身につけるようになっていた。
加えて、iPhoneが6になって馬鹿でかくなったために、胸ポケットに入れておくのがしづらくなったことなども別の理由になろうか。
一週間ほど使って感じたことを、記録しておこう。
Apple WatchはiPhoneの「小窓」である
基本コンセプトは、たとえて言えば「iPhoneの小窓」だろう。
iPhone上もしくはiPhoneを通して伝えられる情報をグランス(Grance/チラ見)するもの。
加えて、iPhoneからの情報に必要最小限の即答をする。
それらの機能がついた時計。
したがってiPhoneは必須であり、また入力は原則としてグランスのための選択操作と、最小限の即答のためのものに限られる(デフォルトのアプリでは)ことになる。
ありそうで無い機能
こうしたコンセプトを実現するためのデザインとしては「何が無いか(何を省いているか)」が鍵になる。
キー入力
パスコード入力時のみテンキーが表示されるが、電話をテンキーでかけることはできない。デフォルトでは電卓もない。
むろん数字以外のテキスト入力のためのキーボードもない。
自由文テキストを入れる方法はSiri一択。Siriの聞き取りはほとんど問題ないが、Siriが聞き取ったテキストを編集することはできない。そのまま送るか止めるだけ。
充電中の表示
充電中は常時時計表示をしていてもいいと思うのだが、消えてしまう。
腕時計なので、常にはめて使用しており、充電は寝るときなどにするという利用方法を前提とし、充電中に時計を利用することは想定されていない様子。
むろん充電中でも触れれば表示されるが、パスコードを設定した場合、時計を腕にしていないと必ずパスコードを聞かれるようになる。iPhoneとBluetooth(以下BT)がつながっていればパスコード要求しないという設定があってよさそうだが、無い。
iPadの親機化
営業的にはiPadを親機として利用できるようにしたほうが少しでも数を出せるはずだが、iPadは親機にはなれない。
常に手元にあるであろう、また常にネットに接続可能であろうiPhoneでないと、親機と接続されている状態を通常とするエクスペリエンスを提供できないということだろう。
適切なチューニング
通常、画面表示は消えているが、時間を見ようとして画面を見る動作をすると間違いなく、またタイムラグもほとんどなく、画面がぱっと表示される。
以前Galaxy Gearを使ったときには、3回に一回ぐらいは表示をしてくれずにいらいらしたものだが、そういうことがない。
大きく腕をふって見る動作をしなくても、例えば机の上に腕を載せてキーボードを打っているいる状態で、時刻を見ようと少しだけ手首をひねる動作でも、ちゃんと表示されるのである。
逆に、時計を見ようとしていないのに似たような動作をしたときでも、結果として時計を見る動作(時計表面を見るために静止する)になっていなければ、いったん点灯した画面表示は即座に消灯される。
Apple Watchをどちらの腕につけるか、龍頭を内側外側のどちらにするかを設定で選べるが、例えば右手首の内側につけた場合でも、時計を見る所作で適切にすばやく点灯する。
このチューニングはすごい。
電池
電池の持ちは思っていたよりはだいぶ良い。朝身につけて夜まで充電せずにいても、帰宅時に70%〜80%残っていることが多い。
いまのところ50%を切ったのは、初日にいろいろ試していじったときだけだ。
iPhoneのように始終いじり続けるデバイスではなく、グランスのためのデバイスとしているゆえだろう。
ゲームなどを入れてしまったらあっという間になくなると思われるが、これは時計なのだ。
ただ、接続対象のiPhoneは、より電池を食うようになった印象。これまで自分はBTが必要ないときはコントロールセンターでこまめに切っていたのだが、常時BTで接続しているためだろう。
操作体系
ふたつのボタン
龍頭(デジタルクラウン)が「ホームボタン」を兼ねていて、その下に「サイドボタン」がある。
サイドボタンは長押しで電源になるが、通常押しは「友達」(12件のよく使う連絡先)の呼び出しをするため専用となる。
友達の呼び出し、つまり親しい人とのコンタクト(電話、メッセージ、相手がApple Watch利用者の場合はタップなどの伝達)がかなり優先度の高い機能という位置づけにある。
この呼び出しをすばやく行う必要がなければ、ボタンはホームボタンひとつですませられるだろう。
AppleWatchはアップル製品のなかでもiPod Shuffleに次ぐミニマムな製品なので、省けるものはできる限り省いているはずなので、友達の呼び出しはApple Watchにとって非常に重要な機能とされているわけだ。
「時計」+「iPhoneの小窓」だけでないApple Watchのキラーファンクションとして想定されているのだろうと想像するが、これは相手がApple Watchを使っていないと利用価値がないので、現時点では鶏か卵か状態でなんとも評価できない。個人的には、普及版Apple Watchが出ないと難しいのではという気がする。
ボタンの観点に戻ると、そういうわけで現時点ではふたつのボタンは余計だ。当初、どちらのボタンを押せばよいか迷うことがしばしばだった。マウスのボタンを一つにしたアップルらしくない状態ともいえる。ジョブズが生きていればサイドボタンは無かったかもしれない。
強く押す(Forth Touch)
タッチ、フリックなどはiPhone由来の操作そのままだが、今のiPhoneには(まだ)無い操作が画面を強く押すというものだ。
この操作方法は新しく、現時点で一般にユーザーは学習していないので、教わらないとわからない。
時計の盤面デザインを選択するにはこの操作が必要なのだが、自分もいろいろいじったあげく、結局やりかたを自力で見つけることはできなかった。初期に画面(Apple WatchでもiPhoneでも)で、強制的にその操作方法の存在をガイドしてもよかったのではと思う。
一度学習すれば、オプションを呼び出す方法としてはわかりやすい。
新しいMacBookのトラックパッドが備えた操作でもあるので、今後のアップル製品には、デバイスにあわせた形で導入されていくものだろう。
アプリの選択方法
アプリをユーザーが選択して起動するには、ホーム画面で選択する方法と、グランスと呼ばれる画面群から選ぶ方法と二つある。後者はグランスに対応しているアプリのみ、その画面群に登録することができ、時計画面を上にフリックすると、一ページ一アプリで表示され、横フリックしてアプリ選択できる形だ。
グランスは、アプリとしてすぐに情報を提示することに意味のあるものを並べる場所であり、いわばダッシュボードのような位置づけになる。
時計表示をグランス対象アプリのひとつと位置づけて、時計から左右フリックで他のアプリを表示する形もとれたはずだが、やはりApple Watchは時計なのだ。時計アプリを特別扱いし、他のアプリはレイヤーを変更しないといけないようにしたのだと考えられる。
ホーム画面の、丸いアイコンを蜂の巣のように並べた選択UIは、Apple Watchで初めて採用されたもの。
Apple Watchアプリアイコン形状をiOSの角丸四角形でなく丸形にしたのは時計であることの強調でもあるだろうが、その丸の形状を活かして、縦横のマトリックスでなく蜂の巣状に並べ、フリックで上下左右自由に表示できるようにした。さらに周辺のアイコンは小さく、中央のアイコンは大きく表示することによって、ごくごく小さい画面の中に多くの要素を配置でき、ユーザーが位置を覚えやすく、またすばやく選択できるようになっている。これはなかなか良い。この選択方法は、他のデバイスのUIでも採用するようになるかもしれない。
ミラネーゼループ
SPORTSシリーズでなく、より高いのを(やむを得ず?)購入したのは、ひとつにはこのバンドを体験してみたかったことにある。
これまでの腕時計は、バンドに開いた穴にピンを通して締めるか、バックルの部分が折りたたまれて締める方式がほとんどであった。前者ではピンの位置が決まっているし、後者ではその場その場での長さ調整はできない。またゴムのように伸び縮みするバンドもあるが、バックル折りたたみ式と同様に「今日は少しゆるめに嵌める」といったことはしづらい。
またバックルのあるものは、バックル部分の格好が気になる。特に三つ折り式のバックルは開いたときの状態が美しくない。穴式では、よく使う穴の部分が痛みやすい。
ミラネーゼループは、こうした各方式の欠点をすべて解消しているように思える。バックルを持たず、その時々で自在にかつ微妙に長さを変えることができる。金属なので革製のように痛みが目立つこともない。
使ってみると実際にぴたりと腕にはまってくれるので気持ちがよい。今日は暑いからちょっとだけ緩めてつける、ということも簡単にできる。
ただ、まだ慣れないため、腕にはめるという所作がスムーズにできないことがある。
磁石がやや強力なため、外して置いておいたときにくっついているのをはがして腕にはめるのを、もう一方の片手でするのに苦労することがある。ささっとできるやり方を見つけないと。
「嗜好品」
Apple Watchは、iPhoneやiPadとは違って、「あるととても便利なもの」とまでは言えない。
必要な道具というよりは、嗜好品。
だからアップルが装飾品としてApple Watchを位置づけているのはとても納得がいく。
Macを初めて見たとき、これからのコンピュータはみんなこうなっていくに違いない、と思ったし、iPhoneを初めて見たときも、これでケータイの世界が変わる、と思った。
Apple Watchにはそれほどのインパクトはない。イノベーションが起きたわけではない。
それゆえに、今後これがどう普及するか、影響するかは、まだよくわからない。
他社の動向としては、Samsungやソニーというより、むしろ時計メーカーや宝飾ブランドがどう対応してくるか(しないか)はちょっと気になる。