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2014 / 1 / 24

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Happy Birthday, Macintosh.

by ayumu

Macintosh、インターネット、iPhoneの誕生を目の当たりにできる時代と場所、環境にいられたことは、本当に幸福なことであった。そしてこれらのいずれにも、自らの仕事として深く関わり続けられてきたことも。
しかし、これらはぼくにとって、単なる道具ではないし、単なる商売のネタでもない。
いずれも、情報を力とすることで人類が大きく文明を変えてゆく、そのエンジンやインフラであり、したがって自由と民主主義を進めるための武器であり、また人間が単調な作業の繰り返し、移動や運搬にかかる時間を省き、創造的な作業や豊かな相互理解にその短い人生をかけることができるようにするための、身体や脳の延長であり、だからこそこれらにぼくは希望を抱き続けてきたし、これからも抱いてゆく……そう、この社会にあって、これらは数少ない希望だ。
タンクトップの女性アスリートがハンマーをビッグブラザーに投げつけた30年前の映像(※)は、人々を自由にする道具——Macintosh——を提供するというアップルの宣言だった。そして、1984年のあのときよりも今の日本はずっと『1984』に近づいていはしないだろうか。

アップルはずっと哲学を抱き続けてきたと思う。前のエントリーに書いたように、ジョブズ追放の間も、その哲学は残った者たちの中で地下水脈として生きながらえていた。
ジョブズ亡きあとのアップルがその哲学をどう継承するかはまだはっきりとは見えないが、しかしながら、アップルとジョブズが、言葉ではなく、その製品とサービスのありようによってこそ伝えてくれたものは、ぼくのような者の中にも血となり肉となって息づいている。

キヤノン01ショップに毎週末通っては、展示されていたデモ用のMacintoshにかじりつき、そこにコンピュータと人の関わり方の未来を感じてワクワクしていた若者も、いまや50過ぎのおっさんである。
Macは初めからすばらしかったが、それでも著しくマイナーな環境だったから、ぼくはいつもアップルが無くなることを、Macが無くなってしまうことを恐れていたような気がする。
それがどうだろう。
あれから30年もたった今こうしてぼくは、左上にあのときと同じようにアップルマークのある画面で、こうしてテキストを書いている。

Happy Birthday, Macintosh.

 

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